そのたくさんが愛のなか 吉田聡のマンガが誘う郷愁

ウサヘン46歳、中年は思春期を振り返る

こんにちは。46歳のウサヘンです。

高校生だったころ、なんでおじさんは新しい音楽のことを全然知らないのかな?と思っていた。

実際、今は自分がそのおじさんになっていて、新しい音楽に全然興味が持てなくなっている。

会社に入ってすぐ、新人の頃、どうみてもそんな感じには見えない上司が語る“俺も若い頃は結構やったよ”的な武勇伝。

そういうのを嫌悪して歳を取ってきたつもりでした。

でも、いい歳になってそんなのもまあわからなくもないというか、ある程度以上の理解を示すようになっている。

若い頃って、そんなに最高だったかな?

学生時代や若かったころのことを無条件に賞賛する傾向が世の中にはあるけれど、個人的にそうは思わない。

ものを知らないことで図々しく色々なことが出来ただけということもたくさんあるし、考えなしに振舞ったこと、発言したこと、誰かにたしなめられたけど真意を理解できなかったことなどを考えるとタイムスリップさせてやるからもう一回やってみろ、と言われてもう~ん、お腹いっぱいです、と思ってしまう。

それでも、吉田聡のマンガはおじさんの心をセンチメンタルでいっぱいにするんだ。

よくある若者が歳をとって、しがらんで、というよくある話

吉田聡といえば湘南爆走族。

中学、高校生の時に流行ったマンガだけど、掲載誌が少年キングということもあり、田舎の中学生のウサヘンの周囲にはそんなに知っている奴はいなかった気がする。

まあ、よくあるヤンキー漫画なわけですが、明らかに他のマンガとは違う琴線に触れる部分がある。

個人的には吉田聡のマンガは全然ヤンキーに特化していなくて、むしろ“スローニン”とか、“てんねん”、“バードマン・ラリー”みたいな作品がその真骨頂だと思うんだけど、世間的にはヤンキーもの専門の漫画家なんだろう。

“そのたくさんが愛のなか”は湘南爆走族の主人公たちと同世代で同じ地区に住んでいた、主人公たちが56歳のおじさんになっているところで始まる。

髪もなくなって、皺も増えて、結婚したり、離婚したり・・・そんな風に歳をとった元若者の物語。

ウサヘンもそんな風に、それなりのしがらみを抱えたおじさんになった。

みんな、どうしてるのかな?

ウサヘンの年齢だと携帯電話が普及したのは20代後半。今なら携帯電話で昔の知り合いに連絡を取ることもできるけれど、中学生、高校生の時の友人達にはもう連絡が取れない。

自宅の電話番号も完全に忘れてしまったし。

“そのたくさんが愛のなか”を読んでから、妙に当時の友人達の動向が気になって、フェイスブックで検索してみたりした。

でも、46歳のウサヘン位の年齢だとSNSとかやっていない方が多数派で、ほとんど誰も見つからなかった。

まあ、見つかったからなんだっていう話もあるんだけど。

すっきりしない読後感だけど、悪くない。

そんな風にこのマンガはノスタルジーを刺激する。なんだか読んだ後にもやもやする。

古い友人のことを思い出す。うまくいかなかった恋愛のことを思い出す。

でも、悪くない。まったく悪くない気持ちだ。

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